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2005年1月10日

守さんで学ぶ!!
記事の編集
1月13日に書いています。

今日は香川で韓氏意拳の稽古会に参加してきました。
内容はリンクにある「いかりや呉服店」またはそこからのリンクである「みどりあたま」さんのページ、「HAZE WEBSITE」をご参照下さい。

意拳は本当に奥が深い、人間の能力というのは自分自身が感じていないだけで、ものすごい能力だと感動すら憶える。

武術でいう「能力」とか「力」というと敵を倒す「力」とか西洋的な「スピード」の概念にとらわれがちだが、意拳でいう「能力」では1%ぐらいのものである。
 意拳のでいう「能力」とは人間が本来持つ全ての能力のことを指す。意拳ではこの人間が本来持っている能力を一つ一つ体認、学習していく。
 当然、「全ての能力」というと間違いや、誤解、または何でもよい、といったような事になってしますが。
 何でも良いが、何でも良くない。形は大事だが、形には意味がない。といったような正反対のこと、矛盾したことが同時に存在している。陰と陽というのも全く別の物が同時の存在している。
 王老師曰く「拳は拳であって拳であらず」………禅問答だな
 
 この様な雲をつかむような学習課程で重要な要素の一つとなるのがフィードバックだ。先生の感覚(体の状態)を感覚で感じ、またその感じた感覚を弟子が行い先生に感じて貰って正しく能力が発揮できているか観て貰う。(昔、王老師が韓星橋老師や意拳の四大金剛力士といわれる人たちに教える時の教え方は、先生から弟子に先生の感覚をあたかも写し取るように感覚を伝えていった)

 まだまだひよっこではあるが、今までの経験からこの学習課程が重要なことは理解できる(まだまだ能力については…)またこのような学習方法でしか伝えられない。しかし同じように教わっても間違いを犯すのが人間である(笑)
 僕にとってこのフィードバックに欠かせないのが光岡先生であり、丸亀のロレンツォメディッチこと守さんだ。
 守さんは僕の体にとって良い情報を頭の中の氷が溶けるように提供してもらえる。
 四国に稽古会のお手伝いにいっているのか、教わりにいっているのか解らない。たぶん教わりに行っている。
今回もいろいろ話をさせて頂き学ばさせて頂きました。
 本当にお世話になりました。これからも宜しくお願い致します。

追記
桑村先生、緑頭さん、ハゼさん、yokoyokoさん、それから香川稽古会の皆様、解ることしかお答えできませんが(あたりまえか)今年一年よろしくお願いいたします。

明宏
 




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